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ニワノトリ

ハロプロ、大森靖子さん、宇多田ヒカルさん、amazarashiなどのJ-popの楽曲レビュー・考察、ライブレポなどを書いているブログです。カテゴリ「このブログについて」に記事のまとめと更新情報があります。ご連絡はTwitter:@ok_take5、メール:tori.niwa.noあっとgmail.comまで(http://n1watooor1.exblog.jp/は愚痴用になりました)。

アンチアラサーでバクワラ/大森靖子「Over The Party」@『絶対少女』の感想

大森靖子『絶対少女』の感想を一曲ずつ書いて行っています。 → 絶対少女 - ニワノトリ

 

 

今回は、5曲目、『Over The Party』の感想を書こうと思います。

***

大森さん自身によるこの曲の 解説 によると、
この曲は「小阪由佳ちゃん、辻希美ちゃん、指原莉乃ちゃん、YUKIちゃん、神聖かまってちゃん前田憂佳りん、勝田里奈ぷー、など大好きな人たちのお気に入りスラング、元ネタ満載の楽しい曲」だという。

しかし、ほう、スラングなのか……と理解した上でもう一回聞いても、この曲、楽しくはない。
彼ら/彼女らに向けられる大森靖子の愛は、その愛を知らない聞き手をとても苦しめると思う。

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*****


■全てを唾棄する歌詞

この曲はこれまでの四曲に比べると明らかに感情的だし、歌詞も露骨だ。
どの単語やフレーズがスラングなのか、私にはよく分からないのだけれど(バクワラがりなぷ~なのは分かる)、この曲では、一つひとつの単語が叩きつけるように乱暴に歌われている上に、すべての単語はすべて、「おわり」に向けて歌われている。


「わかって欲しい わかんないよね」
「散らばった夢は全部捨てた」
「私もこんな風になりたかった」
「Over30 おばさん」
「進化する豚」
「今すぐ会いに行くよ♪ (暇だから)」
「君に夢中☆(ほかに趣味が無いから)」
六本木ヒルズみたいなマンション〔…〕デカいエグいカンケーない」



「エンドレスダンス」では、エンドレスであることを歌おうとしていたと思うけど、この曲は「Over」した(おわった)ことだらけだ。
「わ かって欲しい」と投げかけられた気持ちは、瞬時に「わかんないよね」とシャッアウトされ、散らばった夢は拾われるのではなく全部捨てられ、「こんな風にな りたい」という気持ちは過去形にされ、30を越えればもう「アラ(ウンド)サー(ティー)」じゃなくて「おーばーさん(じゅう)」だし、進化しても豚は豚 だし、今すぐ会いに行くのも君に夢中なのも、君に会いたいからでも君が君だからでもなくて、その場限りの感情だったり出来事だったりするし、六本木ヒルズ に歌ってみても結局そんなマンションはエグいしカンケーない。

ここで歌われる「おわり」は須らく容赦がなくて、そこに次がある可能性はまったくなさそうだ。
まったくもって、そういう希望は嬉々として(苦しそうに?)唾棄されてる。


一つひとつの文章の結びつき方も容赦がないしえげつない。
たとえば、上で引用した「散らばった夢」は「私もこんな風になりたかった」まで、こんな風に続いている。


  散らばった夢は全部捨てた
  試してダメだった美容器具
  ビョークのミュージック
  真夜中のスクランブルエッグ
  私もこんな風になりたかった



この部分の歌詞。一行ずつ見ても、夢はすでに全部捨てられているし、美容器具はもうダメだったらしいし、「こんな風」にはなれなかったらしいという「おわり」だらけだ。
極 めつけは、「美容器具」から「ビョークのミュージック」への流れで、「美容器具」と「ビョークのミュージック」という韻の踏み方とか、すごい!面白い!こ ういう言語センス好き! って思うんだけど、そんな前向きな感情がすぐにひねりつぶされるくらい内容がエグイから、全然ワロえない。
この歌詞の中では、「美容器具」も「ビョークのミュージック」も夢を剥ぎ取られて、「こんな風になりたい」と人をワクワクさせるものではなく、「こんな風になれなかった」ものの残骸でしかない。
こ の単語の中には、絶望とか妬みとか嫉みとか悲しみとかが詰め込まれていて、かつての「こんな風になりたい」、という「夢」は、忌み嫌うべきようなものと化 している(……スクランブルエッグのところは、真夜 中のスクランブルエッグってオシャレね、と思ったり、ここではスクランブルエッグのよう割れてぐちゃぐちゃになってしまったところをイメージしたりしなが ら聞いてる)。

「美容器具 ビョークのミュージック」みたいに「韻を踏む」という行為には、「音」を「意味」から解放するような機能があ ると思う。意味的には関係ないけど、音が似ているから結び付けられる二つの単語。そうした意外な組み合わせが、新しい世界を生み出し、それぞれの言葉が埋 め込まれていた既存の文脈から、その言葉を開放するのだ。

しかし。
「美容器具 ビョークのミュージック」は、韻を踏むことによっ てこそ、「美容器具」が持っていたような夢、「こんな風になれたらいいな」というイメージに雁字搦めになっていく。「こんな風になれなかった」自分ばかり が浮かび上 がって、そんな風になれなかった自分や世界への怒り、憎しみが湧き上がって、「こんな風になりたかった!」という喚き声ばかりが残る。

「Over30  おばさん」もそうだけど、「美容器具 ビョークのミュージック」って、本当は、聞き手がくすっと笑ってしまうような、そんな韻の踏み方だと思うんだけ ど、この曲はぜんぜん笑わせてくれない。音を楽しむ余白なんてなくて、そんな余白は、「エッチだってしたのにふざけんな」「今すぐ 会いに行くよ♪ (暇だから)」「君に夢中☆(ほかに趣味が無いから)」というような、直截的で過剰な感情や意味に埋め尽くされてしまっていて、苦しい。

棘付きのボールをぼかすか投げられているようなものなので、そのまま受け取ると、出血するしかない。
恐らく、「スラング」の背景が分かれば、笑ったり、楽しんだりする余裕ができる。でも、謎を解いてしまうと私は探偵、あるいは単なる読者になってしまって、現場で右往左往する当事者にはもう元には戻れない。という気持ちがあるので、深く調べるのも躊躇してしまう。


■The party is not over.

しかし、この曲をよく聞いていると、「スラング」の元ネタが分からないままでも、この曲を聞いて笑えることもあるのかもしれないな、という気になってくる。

というのも、この曲の終わり方は、

  Over The Party

「The party is over.」ではない。
解説には、「パーティーが終わって途方にくれても、その向こう側へいくことができる強い人が愛しくてたまらない」と書いてあるけど、確かにこの曲には夢の終わりばかりがあるわけでもない。この曲は、パーティーを「越えて」終わるのである。


一番の


  Over30 おばさん
  鏡の中でちょっとマシにやっている
  進化する豚
  お前の国の言葉なんて知らない
  メアドが変だから好きじゃない



は二番で


  Over30
  おばさんをからかわないで
  すぐに飽きてしまうから
  進化する豚
  お前の国の言葉なんて知らない
  今更だけどちょっとマジになっている



になっている。

「マシにやっている」から、「マジになっている」へ!
「マ ジになっている」の後にも、「散らばった夢は全部捨てた」「私も誰かとこんな風になりたかった」と歌われ、もう一度「Over30 おばさん 鏡の中でちょっとマシにやっている」と続くのだけれど、私はこの「マジにやっている」ことと「Over The Party」という歌詞に、勇気をもらいたい。

一番と二番の間には、「ムキになっても恥ずかしくないほど青春だったね」という歌詞があるのだけれど、「青春がムキになる」ことに比すれば、おばさんが、「マジになっている」のは恥ずかしいことだろうし、進化する豚がマジになったところで痛いだけかもしれない。
しかし、「今更だけどマジになっている」あとに聞こえてくる「散らばった夢」や「ダメだった美容器具」は、1番とは少し違う気もする。
すなわち、そこにいるのは「散らばった夢」を敢えて捨て去ったおばさん。
「アラサー」などという横文字で誤魔化された夢を見続けるのではなく、「おばさん」であることから、始まる新しいパーティー。「進化する豚」と合唱し、「メアドが変だから好きじゃない」「お前の国の言葉なんて知らない」と毒をまき散らすパーティー。
この歌には、パーティーの終わりと同時に、パーティーの終わりに敵意を向け、自分が誰かにとって毒であり、痛い存在であることを逆手にとって作り上げる新しいパーティーの始まりが歌われている。
この曲は、ただ痛々しいだけではなくて、この曲の中に、「向こう側の世界」を開こうとしている。

きっと、「スラング」の元ネタである人たちの預かり知らないところで、大森さんは彼らのパーティーを密かに盛り上げようとしている。
大森さんの、「パーティーの向こう側」へ行ける人たちへの愛で作られた王国は、訳が分からないし、痛々しい。けれど、この曲は、この曲を痛々しいと笑う人たちを笑うだろう。
この曲を笑う人たちはこの曲に使われているスラングの元ネタを知らないし、この曲がいかに素晴らしい人たちの言葉を取り込んで歌われたものなのかを知らない。この曲の楽しさを知らない。
この曲は、この曲を笑う人たちを「お前の国の言葉なんて知らないし、お前もこの国の言葉を知らない」とバクワラするだろう。そのバクワラが爆発するとき、悪意はストレートな言葉となって、新しいパーティーの始まりを告げるのだ。

 

 

※この記事は、http://n1watooor1.exblog.jp/ にて、2014/5/9に公開した文章の一部です。

 

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