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ニワノトリ

ハロプロ、大森靖子さん、宇多田ヒカルさん、amazarashiなどのJ-popの楽曲レビュー・考察、ライブレポなどを書いているブログです。カテゴリ「このブログについて」に記事のまとめと更新情報があります。ご連絡はTwitter:@ok_take5、メール:tori.niwa.noあっとgmail.comまで(http://n1watooor1.exblog.jp/は愚痴用になりました)。

CONNECT歌舞伎町の感想文(大森さん編)ときゅるきゅるの感想その2と反省文

きゅるきゅる 大森靖子 ライブ感想 洗脳

CONNECT歌舞伎町の感想文の続き。っていうか大森さんのステージの感想文です。
感想文っていうか、ただの独り言みたいになってしまいました……。
結構、(他の記事に増して)自分語り入ってるので、嫌いな方はスルーしてください……。


→ CONNECT歌舞伎町の感想文その1はこちら

 

□CONNECT歌舞伎町の感想文(大森さん編)

展覧会の絵』から始まったんだけど、イントロでかき鳴らされるギターの音がかっこよくて痺れた。大森さんが歌っていたユナイテッドステージは工事用の壁に囲まれてる上に周りがビルだらけだったから、すごく圧迫感があったんだけど、『展覧会の絵』が始まると同時に、殺風景なビルの平面が全部『展覧会の絵』に塗りつぶされて行く感じがして、とても爽快だった。
その次の『新宿』はお膳立てが完ぺきだったよなーと思う。流れるべき場所で流れるべき時間に流れているという感じで、『新宿』が流れているユナイテッドステージはすごく居心地が良かった! ユナイテッドステージの前にある道の先で、今日も誰かが女の子だけもらえるポケットティッシュを配ってたら更に完璧だなあと思いながら聞いてた。
『あたし天使の堪忍袋』も歌っていたんだけど、聞きながら、私のイメージしてる新宿ってこれだなと思った。明け方の新宿で、眠そうなホストを横目に、黒いカラスが白いごみ袋をつついてる、みたいな。

 

曲の流れ的には、『裏』から、観客が一気に惹きこまれていって、『PINK』でドカンと爆発した感じがあった。でも、『PINK』の後、『エンドレスダンス』が始まる前に、明らかに大森さんのテンションが下がってる感じがしたから、どうしたのかなあ、と思って見てたら、そのままステージは終わって大森さんはニューヨークに旅立っていった。
これで45分か、ずいぶん時間が経つの早く感じたなあ、と思って時計見たら、予定より20分早く終わってて、本当に早く終わってたというオチだった。まあ、始まるのも10分早かったんだけどね。

 

次の日の大森さんのブログで判明したのは、ステージの下にいる私は、『展覧会の絵』が始まった瞬間から大森靖子の歌がユナイテッドステージの空気を支配しているように感じていたけど、ステージの上から見える風景の中では、どうやらそんなこともなかったしいということだった。
当たり前の話だけど、ステージの下とステージの上では大分風景が違うらしい。
けど、ステージの下にいる私はステージの上に見えるものしか見えないし、受け取れなくて、正直、10分早く始まって20分早く終わるっていうのに何も思わないことはなかった。
大丈夫なのかな?怒られたりしないのかな?と心配したり、時間ギリギリに来た人が可哀想だと思ったりした。私は大森さん目当てだったから、できれば45分見たかったというのも本音である。

 

でも、30分でも私は十分に大森さんのパフォーマンスに圧倒されてしまったし、『展覧会の絵』のイントロが町中に響いた瞬間は、何か時が止まったみたいに感動したし(『展覧会の絵』好きなんです……)、『新宿』とか、最初はあんまり好きじゃなかったのに、聞くたびにどんどん好きになっていく。
私は心がチキンなので、「え、時間守らなくて大丈夫!?」となぜか私がビクビクしてしまったりもしたんだけど、そんなビクビクを食いちぎってくれるくらいには大森さんのパフォーマンスはやっぱり圧倒的だったから、私の「もう少し聞きたかった」という気持ちは大森さんの歌に黙らされた。

 

一応、大森さんのファンだから、ブログを読めば、納得もする。ステージを見に来ていた人すべてがブログを見ることはないだろうし、読んだからと言って納得する人ばかりではないだろうけれども。大森さんのブログを読んで、そう言えば、さゆがブログを始めたのは、自分の言葉で自分の気持ちを伝えたいからだって言ってたなあって思い出した。
ステージの上の大森さんすげえと思う感性が私の中にある限り、できる限りお金を払って行きたい。

 

□Brainwashときゅるきゅるの感想文その2

ところで、最近、少しだけ忙しかったので、大森さんがアルバムを発表するという情報を、少しのタイムラグを経て手に入れました。大森さんがライブで読まれたという、ブログも読みました。
アルバムのタイトルは『洗脳』だって。
ブログを読んでいると、誰かの思想を変える、というよりは、誰かの脳を「洗う」っていうイメージが強いようにも見える。
いわく、「脳みそ洗い流してすこしだけ待っていてね」

 

うっ。

 

突然だが、『きゅるきゅる』の歌詞に、「私似合わないけど 着てみたいワンピ 歌いたいうた」という歌詞がある。
大森さんの「洗脳」の記事を読んで、ふと、この歌詞のことを思い出した。

 


「似合わない」というのは、とても致命的なことだと思う。
例えば、肌の色にはパーソナルカラーというものがあって、世の中には春タイプ・夏タイプ・秋タイプ・冬タイプの人がいる。自分がどのタイプか分かれば、似合う色、似合わない色がすぐに分かる。
肌の色がオータムタイプの私には寒色系のピンク色って似合わなくて、だけど、ももちのイメージカラーはピンク色だから、ライブではピンク色のももTを着るんだけど、いつ着ても本当に似合わない。似合わないものは似合わない。でも、もも推しだから着ないと意味がない。
別に私の顔に似合う似合わないは関係なくて、私の推したいという気持ちに似合ってればいい。でも似合わない自分が悲しいのも事実。

 

色だけじゃなく、私に似合わないものってたくさんあって、服もパソコンもお酒の種類も、会話の話題、今日の昼ご飯、相槌の打ち方、読む本、聞く音楽、パワポの作り方、職業、学部、友達、家族など。私が目にしたり口にしたり身に着けたりする全てのものには私っぽい/っぽくないというものがある。誰しもそうだろう。
似合う、似合わないって、結構深いレベルで、私の選択を規定してて、何かを買おうとしたり、何かをやろうとしたりする時、私とかほかの誰かの「それ、似合わないよね」という声が聞こえたら、私はその選択を躊躇して、さっさと諦めてしまう。似合わないものは似合わないから。

 

私には、そういう、いったん手を伸ばしかけたのに、途中で躊躇してそのまま置いておいた、「食べかけの愛」がたくさんある。
言われてみれば確かにそのまま腐っちゃうのを待っているのかもしれない。積極的に手放せなくても、腐っちゃえば捨てざるを得なくなる。
着る勇気がない服も、サイズが合わなくなれば捨てるしかない。着てみたいと思った瞬間の気持ちが腐るのを待っている。それって割とあるある……いや、きゅるきゅるだよね。

 

10年ほど前、宇多田さんは「回らないタイヤが目の前に並んでるけど アクセル踏まずにいるのは誰だろうね 矛盾屋」と歌っていたけれど、『きゅるきゅる』を、きゅるきゅるとタイヤを回す曲として聞くこともできるかもしれない(うまいこと言いました)(言えてない)。
お前にそんな場所は似合わない、お前にそんなものは似合わない。そんな声、そんな視線を振り切るように、全力でアクセルを踏み込んでいる曲として。


ここで、最初の「洗脳」の話に戻るんだけど、
似合う、似合わない。そういう概念を洗い流すのはとても難しい。
知り合いだけの小さな世界でも、あいつ似合いもしないのに、何やってんだよw って「w」を付けられるのは辛い。
私、これまでの人生、今まで、ずっと、そういう「w」を恐れて来てたなあ、と思うと、大森さんの「洗脳」のブログを読んで「うっ」ってなった。
もしかしたら私は、そういう「w」を洗い流してくれる歌を、ずっと待っていたのかもしれない。
けど、シンデレラじゃないんだから、そんなもん待ってても来なくて、アクセルを踏みたいなら、自分で踏むしかないなあと思う。

 

 

□反省文(私の)

ところで、私、もう一つ、「うっ」となったことがあります。
っていうか、一番、「うっ」ってなったのは、「洗脳」の次のブログの「正常」だった。
うん……いや、あの、ちょっと……本当に私、頭洗い流さないと、いくら微々たるお金を払っていようと、大森さんの曲聞いたらダメだなって思いました。それだけ、ちょっとどこかに書いておきたかった。

 

 

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