ニワノトリ

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"TOKYO BLACK HOLE"を聞くと、ピントカの "hayatochiri"のことを思い出す。

  Walkmanの再生ボタンを押すと流れ出す、脳を引っ掻くような “hayatochiri”のギターの音は、いつも僕を新宿に連れて行く。

 


大森靖子&THEピンクトカレフ「 hayatochiri 」MusicClip


 大森靖子 & THE ピンクトカレフが解散したあの生暖かい春の夜、僕は新宿ロフトの柱に貼りつけられた「禁煙」の文字を見ながら大森靖子の歌を聞いていた。定時ダッシュしたけど開演には間に合わなかった。定員500人。当たり前のようにライブハウスを埋め尽くした観客の向こうにステージは隠されて、それでも大音量で心を震わせる音楽の濁流が、大森靖子 & THE ピンクトカレフが確かにそこにいるのだということを僕に証明してくれる。視界を遮る黒い柱を、これさえなければステージが見えるのにと恨めしく眺めていたはずなのに、気が付けばその柱にでかでかと貼り付けられた「禁煙」の文字すらトカレフの音楽に溶け込んでいた。禁煙の二文字を何度も目で辿り、辿れば辿るほど僕の内側が空っぽになる。禁煙の文字が意味を結ぶ前に頭の中がピントカの音楽で塗りつぶされ、禁煙の二文字は意味を放棄し、自らがステージの上にいるかのように音楽に一体化する。音楽とそうでないものの境界が融解して、僕は身体ごと、概念ごと、ピントカの音楽に取り込まれて行く。
 全身がどこにあるのか分からなくなるような快感。これが最終公演なのだ、これでピントカはもう見られないのだ、そんな「終わり」の特別さがどうでもよくなってしまうほどの快感。
 その快感が、僕は、今、東京にいるのだ、と、僕に強く実感させる。
 生活を蝕む高い家賃と引き換えに手に入れた、 "僕の東京"。ベッドの中で世界への恨みを快楽にぶつけ続けた10代の僕には絶対に手に入れられなかった、最高の快感。
 そして、僕は思う。東京にいる僕は富んでいる。ちょっと手を伸ばせば、こうやって、最高の快感に触れられる。

 

 こうして、"hayatochiri"を聞くたびに、僕は東京という場所の快楽を思い出す。その快楽は僕のノスタルジーを東京で塗りつぶす。もうどこにも帰りたくない。たとえ、通帳から失われ続ける毎月3万円の奨学金と5万円の家賃が僕の希望を奪っても、僕の帰る場所はこの東京の薄汚い六畳ワンルームだけだ。

 

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 ……という、"haytochiri"を聞くたびに感じる東京への感覚を、大森さんの "TOKYO BLACK HOLE"を聞いて、改めて思い出したのです。

 

 

 

 

 

 初めて『魔法が使えないなら』を聞いた時は、この曲をどう聞けばいいのか分からずとても戸惑ったものだったけれど、「TOKYO BLACK HOLE」にはすっごく共感できた。これ、オレの歌、オレの歌、って思った。

 

 

 
大森靖子「TOKYO BLACK HOLE」MusicClip

 

 

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 今日も僕の右隣に住む男子学生は最近できたばかりの彼女とセックスをする。左隣のおっさんは22時に部屋を出て行く。僕は朝8時に家を出て、夜の22時に部屋に帰ってYouTubeを見ながら寝落ちする。右隣の学生が恋愛をするだけで僕は若さと高学歴を妬み、ドアノブに鍵を差し込む僕を見て、左隣のおっさんは舌打ちをする。誰かが生きれば生きるほど、誰かの心がささくれる。東京はあまりにも自由だ。電車で肩のぶつかった名前も知らない誰かを殺してやりたいほど憎むことができる自由。電車を降りればその憎しみを忘れられる自由。
 狭い教室で、40名のクラスメイト全員を憎み続けることしかできなかった、感情の分岐点ゼロの僕の青春は、東京の薄汚い空気に呑み込まれて、あっという間に、遠く過去に連れ去られて行く。
 僕は、ビルの隙間に埋もれたこのぼろアパートのごとく、誰かの人生と人生に挟まれて、同じ毎日を繰り返す、この東京に生きる僕の人生が愛しい。この街は僕のもの。

 

 

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 こうして、"TOKYO BLACK HOLE"を聞きながら、僕は、僕の「東京」を思い描ける。
 これもまた、東京に住む者の特権であり、快楽だ。

 フィクションとしての東京を捨ててまでも上京した僕の目の前には、リアルな "TOKYO BLACK HOLE"が広がっている。だからこそ、僕は二度と、 "TOKYO BLACK HOLE"を自分のものではないものとして聞くことはできないだろう。
 一度住んでしまえば、二度と距離感を保てないブラックホールとしての東京。

 東京に住む前の10代の僕だったら、この曲をどう聞いただろう。それが気にならないと言えばうそになる。けれど、もう東京以前の僕には戻れない。

 

 

 

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