ニワノトリ

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マーティン・スコセッシ監督『沈黙-サイレンス-』についての覚書(ネタバレはありません)

1月26日(木)に、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙―サイレンス―』を見た。まさか、ここまで忠実に原作を再現しているとは思わなかった。切支丹のことも、遠藤周作のことも、よっぽど綿密に取材し、考証したのだろうと思う。

 

chinmoku.jp

遠藤周作の原作『沈黙』をまだ読んでいない人はもちろん、既に読んだという人ほど見に行ってほしい。『沈黙―サイレンス―』の原作に対する忠実さは、監督が原作のページを捲る音、一文字一文字を噛みしめる時の息遣い、それらを聞いた気になってしまうほどに、監督の深い読書体験を観客に伝えて来る。監督が対峙した「Silence」はこれなのだと、この映画には、マーティン・スコセッシ監督にしか描けない「Silence」の有り様が隙間なく再現されている。だから、原作を読んだ人は、「私」の『沈黙』と、監督の『Silence』を見比べ、自らの『沈黙』を問い直すことになるだろう。

前評判通り、窪塚洋介のキチジローもイッセー尾形のイノウエも素晴らしかったのだが、「〇〇がすごかった!」と、役者の演技で語る類いの作品ではなかった。演者も含めた作品全体で表現される、苦しみそのものが、この「重い」作品を描ききった監督の手腕を際立たせている。

おそらく、「無宗教」かつ「近代化/西洋化」した現代の日本人には、当時の日本の「野蛮さ」にぎょっとするロドリゴたちも、ロドリゴたちに奇妙な目で見られる長崎の切支丹も、「形だけのことだ、踏めばいいじゃないか」という役人たちも、少しずつ理解でき、大半を理解できない。それなのに、この映画の半分以上を占める日本語の台詞に、字幕をつけずに映画を公開できる国は、日本だけだ。

この奇妙で、言葉にしがたい捻れを体験できるのは、遠藤周作という人と同じ土地に生まれた私たちの特権だろう。あまりに捩じ切れた特権なので、見たあと、しばらくガックリ来てしまうから、できれば元気な週末に見に行った方がいい。

 

 

ところで、私は、遠藤周作の『沈黙』にはちょっとした思い入れがあるのだが、『沈黙』という作品について考えるとき、いつも思い出す文章がある。

それは、心理学者の河合隼雄が、臨床の現場に立ち、クライエントの話を聞く、自身の体験と重ねながら、『沈黙』という作品について述べる、以下のような講演原稿である。 ※太字は私に依ります

[…](※自らの仕事である)いろんな人が来られていろんな人の話されることというのは、[…]恐ろしいものでありながら、やはり魅力を備えているというそういうものですね。[…]しかしこういうことは見るというのは、いわゆる外から観察するということは出来ませんね。自分も共に体験していかなかったら、絶対に出来ませんで、体験しつつ見るということが大事なんですが、そういうことが宗教ではないかと。その時に私が体験し、私が感じ取ったものを、それをフィクションという形で他人に伝えるということをしているのが作家の人たちですね、文学がそうで。おもしろいですね、言ってみれば凄いリアリティ、現実なんです。これこそこれなんだという体験をしているのに、それを人に言うときにはフィクションに頼らざるを得ないというとこが実におもしろいとこでして、例えば『沈黙』でもそうですね。『沈黙』だって、遠藤さんの凄い宗教体験があると思います。その遠藤さんの凄い宗教体験というものを私はこのようにキリストを見ているんですという言い方じゃなくて、フィクションによって我々に伝える。で、このフィクションのほうが我々にリアリティが伝わってくるというとこが、非常に面白い所でして、そういうことを遠藤さんという人はやっておられる。 *1

 

マーティン・スコセッシ監督が『沈黙―サイレンス―』でやったのは、まさしくこのような仕事で、そこに描かれているのは、遠藤周作の『沈黙』であると同時に、監督自身の宗教体験でもあったのだと思う。だからこそ、この作品には説得力があった。

恐らく、スコセッシ監督はずっと、ロドリゴの耳に響く「沈黙」を描きながら自身が聞いている「沈黙」を、キチジローの告悔を描きながら自らの告悔を、描いている。

この映画は、監督の中の神の沈黙を「体験しつつ見」させる映画だった。そして、そのことが、この映画が遠藤周作の『沈黙』という原作にどこまでも忠実であったことの証左であると思う。

*1:河合隼雄(1999)「遠藤周作の文学と宗教」『創立10周年記念国際シンポジウム日本における宗教と文学』p.108 ⇨ 国際日本文化研究センターの国際研究会の報告書なんですが、なんと、ここで全文読めるようになってました! 国際日本文化研究センター|BOOKS|