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ニワノトリ

ハロプロ、大森靖子さん、宇多田ヒカルさん、amazarashiなどのJ-popの楽曲レビュー・考察、ライブレポなどを書いているブログです。カテゴリ「このブログについて」に記事のまとめと更新情報があります。ご連絡はTwitter:@ok_take5、メール:tori.niwa.noあっとgmail.comまで(http://n1watooor1.exblog.jp/は愚痴用になりました)。

(ハロヲタが)一人で行った大森靖子ちゃんファントークイベント「ファンタジー★ミッドナイト」

大森靖子

 2015年10月3日に行われた“大森靖子ちゃんファントークイベント「ファンタジー★ミッドナイト」”というイベントに行ったので、その日の日記を書きたいと思います。

 

 

funfunfunme.chobi.net

 

 

■開演前

 

 会場のネイキッドロフト新宿駅を降りて、歌舞伎町を抜けた先にありました。
 イベント会場というよりは居酒屋のような雰囲気で、登壇者との距離もお客さん同士の距離も非常に近く、私が会場に着いた開演15分ほど前には、お客さん同士の話し声でかなりざわざわしていました。
 皆さんお知り合い同士で隣り合って座っているのかなと思いきやそうでもないらしく、「大森さん初現場はいつですか?」的な、初めましてトークも交わされていたようです。
 私も、ドリンクの注文どうすれば……とオロオロしていたら、隣の席の親切な方が「この札を上げたらいいんですよ」と教えてくださいました(「呪いは水色」カクテルを注文したら、水色のカクテルの中になぜか紫色のグミが入っていた)。

 

 会場内には、このイベントの主催である火野文子さんと、大森さんのライブTシャツのデザインを担当されているさいあくななちゃんさんの絵画の原画、とろろん堂工房さんの大森さん人形が飾られていました。他にも、「ノスタルジーに中指立ててファンタジーをはじめただけさ」「馴れ合う突き放す解き放つ 馴れ合う突き放す解き放つ 馴れ合う突き放す解き放つ」など、大森さんの歌詞が印刷されたA4の紙がたくさんぶら下がっていて、キョロキョロしているだけで飽きない。

 

 私の席からはさいあくななちゃんさんの絵(『魔法が使えないなら』の、髪を靡かせる大森さんを描いたもの)がよく見えたのですが、線に込められた思いがビリビリと伝わってくるような力強い絵で、一本一本の線を追うだけで時間があっという間に過ぎてしまいました。
 さいあくななちゃんさんといえば、まず「カワイイ」という印象があったので、まさか自分がさいあくななちゃんさんの絵に「力強い」という形容詞を使うことになるとは思わなかったです。当たり前のことですが、Tシャツのデザインを一つ見ただけでは、見えて来ないものが山ほどあるのだなということを痛感しました。

 

http://saiakunana.tumblr.com/post/121901434278

saiakunana.tumblr.com

 

 

■開演!

 イベントは主催の火野さんことシスター文子と成宮アイコさんを進行役に進んで行きました。登壇者は、このお二方に、加えて上記のさいあくななちゃんさん、とろろん堂工房さん、コマツさん、月乃光司さんの六名。

 

 まずは、司会の火野さんを覗く五名の方から、大森さんのお勧めMVを紹介するコーナーから始まりました。
 MVを紹介する際に、殆どの方が、「初めて大森さんに会ったから」「その時の自分に当てはめて聞くことができたから」などの、そのMVと自分との間にある思い出を選出の理由に挙げられていたのが印象的でした。
 そのMVへの思い入れを話している皆さんを見ていると、話しながら、その大森さんのMVを見ていた頃、自分がどういう状況下で、どんな思いを抱いて生きていたのか。色々なことが頭の中に想起されているんだろうなあっていうのが伝わってくるんですよ。

 みなさん、それだけ、大森さんの音楽と共に人生を生きて来られたんだと思います。『失われた時を求めて』の紅茶とマドレーヌみたいに、大森さんの曲が一人ひとりの人生の中に、重要なワンシーンを刻んでいて、それが意識的にも、無意識的にも、みなさんの人生を形作っているのだということが、伝わって来るような気がしました(まさしく、会場で犬さんがおっしゃってた “個人的体験”だと思います )。

 

 

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■"大森靖子"前夜の厚み

 

 ……というようなキティさんたちの中で、ある意味異質だったのはコマツさんだったと思います。「俺、全部忘れちゃうんだよねー」をキメ台詞に、大森さんと共演された時のこととか、初めて会った時のこととか、聞きたいことを全部覚えてないっていう(笑)。

 コマツさんは大森さんを俺は友達だと思っているとおっしゃってましたし、無力無善寺というシーンの中から出て来たスターだともおっしゃっていました。

 私も含めてですが、多くの大森さんファンはもう「大森さん!大森さん!」という近視眼的世界の中でもう大森さんで目の前がいっぱいだと思うのですが、コマツさんは、大森さんを、高円寺であるとか、無力無善寺であるとか、もっと大きいシーンの流れの中で大森靖子という存在をとらえていて、私はそのあたりのシーンのことを全然知らないので、コマツさんのお話は聞いていて興味深かったです。

 

 特に、コマツさんが「大森さんが面白い子だな」と思ったきっかけは歌じゃなくて「絵」だったというエピソード。今でこそ、音楽で色んな人を黙らせ、振り返らせている大森さんですが、大森さんも最初から大森さんだったわけじゃなくて、大森さんにも「シーン」の中に入った瞬間や、その中で認められて行った月日の積み重ねというものが確かにあったんだ……ということを改めて思い知りました。

 2011年頃から大森さんを知ってらした、コマツさんや月乃さんのお話を聞いていると、私が知っている「ポップな大森さん」前夜の分厚さが分かって面白かったし、その前夜の様子を少し聞けただけでも、このイベントに行ってよかったなと思えました。

 

 

■ 「これぞ大森靖子だ!」&ナナコラ界隈

 

 続いて、Twitter参加型コーナーでは「これぞ大森靖子だ!」という写メ投稿コーナーの紹介がありました。ここでも、「初現場」に関する写メが多かった印象です。
 初めて行った現場のチケットの写メを送ってらっしゃる方がいて、個人的にはこれに一番共感しました。
 現場って終わったら、手元に残るのはチケットだけじゃないですか。現場が始まる前までは夢への切符なのに、終わったら紙切れじゃないですか。だけど、やっぱり、実際に行った現場のチケットだから、そこに、私の思い入れとか記憶とかを全部つめて、ただの紙切れを紙切れじゃないものとして取っておきたい。
 そういう、「私にとっての特別」が伝わってくる写メで、私にとってもチケットが私の大森靖子かもしれないなと思いました(まさしく “個人的体験”ですね(二度目))。

 

 次に、巷で噂のナナコラ界隈(大森さんの相棒のぬいぐるみ、ナナちゃんのコラージュを作っている人々(?))から、ナナコラ、ベスト5の発表。
 最初に発表された5位の写真からさっそくパンチきいてて、そのまま会場が持って行かれてました(笑)。ナナコラ強し。
 ナナコラ界隈は、突っ込ませてくれるから楽しいですよね。
「いやいやいやいやいや」「どうしてこうなった」って全員で突っ込めるので会場に一体感が生まれました。
 クイズコーナーの時の、会場の雰囲気も含めて、すごく面白かったです(笑)。
 絶妙な温度差が微笑みやら失笑やらを生み、それが爆笑につながるっていう。

 

 

 

■シスター文子の熱量

 

 そして、休憩を挟んで、主催:シスター文子が作成した大森さん年表&年表から見えて来る大森さんの変遷(変態)についての発表がありました。

 

 これが年表がまず長くて、その年表から見えて来た「変態」のまとめがまたとても長かったんですが、その長さが好きでした。

 

 大森さん年表は大森さんの活動を2011年〜2015年まで全て網羅しようという試みのもと作成されたもの(おそらく)だったのですが、年表でまとめてみると、大森さんがどんな速度で、どんな密度で活動していたのかが一覧できて、まず、新参的には古参ファンの気持ちになれてありがとうございますシスターという感じでした。
 私が大森さんに出会ったのは2014年でしたが、2014年の大森さんの活動量がヤバくて、あれだけ大森さんが弾を世間に撃ち続けていたからこそ、私が大森さんに出会えたんだなということを痛感致しました。

 

 個人的に、シスター文子の年表の素晴らしかったところは大森さんに関することを全て網羅しようという情報量の多さだったと思います。
 削れるところなんかないんや!っていうくらいに情報がぱんぱんに詰まっていました。

 歴史って、物事が起こったその時に作られるものじゃないじゃないですか。
 歴史って、年表に何を書くか決めた時に作られるんです。その年に起こった重要な出来事を、誰かがピックアップして記録して行って、その重要な出来事が連なって歴史の教科書になる。例えば、2015年に安保法案が可決されたことは教科書に載ると思いますが、2015年に大森さんが出産したり、宇多田さんが出産したりしたことは年表には乗らない。そうやって、「これは重要」とある出来事を取り上げて、「これは重要じゃない」と切り捨てる枠組み自体が、年表を作り、歴史を作る。

 

 シスター文子の年表は、それはもちろん、シスター自身であったり、大森さんファンであったりの思い入れであるとか視線が十二分に反映されたものではあるのですが、それでも、できるだけ、自分で「この情報は重要じゃない」と勝手に切り捨てないようにした年表だったんじゃないか。できるだけ、大森さんを自分で規定せず、大森さんの枠組みを自分で作り上げず、まずは大森さんの全てを書きこむところから、大森さんに向き合っていきたいという、シスターの大森さんへの真摯さが現れた年表であったのではないか。
 そんなことを思いました。

 

 その後、その年表を経て、シスター文子的大森さんの “変態”をまとめたお話がありました。

“大森さんが「大森靖子」像にどう向き合い、どのようにその像を作り上げて来たのか”という観点から、大森靖子史を語る発表……一言でまとめるとそういう感じになるんじゃないかと思います(たぶん……)。

 

 発表の一つのポイントは大森さんの「顔」。大森さんはよく自分の顔を塗りつぶしたり、ゆがめたりしています。かつて、ある方がツイロンガーで、大森さんのCDジャケットの「顔」の歪みについて語ってらっしゃって、私は、それ以来、大森さんの「顔」の表出の仕方について気になっていたのですが、この発表では、この「顔」の空洞に"大森靖子botである"という結論を見出そうといていました。
 時間の関係で、最後が駆け足になってしまって、最後の方のお話をしっかり聞けなかったのが少し残念で、いつか、目に見える形でどこかで読めたらいいなあと思います。

 

 ……しかし、残念だったとか言いつつ、そういう、最後が駆け足になってしまう感じにも、私はこれが「ファン」ミーティングなのかなあという感覚を受けました。
 というのも、全体的に、年表を作りながら、シスター文子の頭の中に浮かんだこと、噴き出したこと、気付いたこと、それへの興奮など、そして、そのような言葉にしきれないこと全てを何とか文章や図にまとめなければならないことへの苦闘、みたいなもの、全部含めて伝わってくるような感じの勢いがあるお話だったんです。

 ファンミの時間の枠的にはもう少し短かった方が良かったのかもしれないんですけど、大森さんの音楽自体が、何て言うか、「頭に浮かんだものを論理的にまとめようとする時に零れ落ちるもの」「感情を感情ではないもの(たとえば言葉とか)にしようとする時に失われてしまうもの」みたいなものを拾い上げるようなものを歌っている、という側面があると思うんです。
 だから、短い時間の中にすっきりまとまっているものよりは、感情も言葉もそうじゃないものも全部伝わってくるような文字の量をぶつけてくれて、私はこれこそ「大森靖子のファンミなのかな」というようなことを感じました。

 

 

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■ファンの思いの角度

 

 ところで、Twitter参加型の写メコーナーで(登壇者でもない)犬さんが、自分で投稿した写メと、それについての思い入れを自分で読み上げてられるシーンがありまして(ここで大森靖子は「個人的体験」であるという話をされていたのですが)、その話が割と長目だったんですが、その長さを受けて、シスター文子が思いをこじらせていないファンなんていない! みたいなことを言ってて会場爆笑みたいな場面がありました。

 

 今回のイベントでは、その「思い」の入れ方について、深さはみんな地獄のように同等に深くても、入れる角度は登壇者の方の中で色々なんだなということが見えてきて、そこも面白い部分でした。

 

 例えば、とろろん堂工房さんは、大森さんの人形を作る理由について、「大森さんに気付いてほしいという部分が大きい」というようなこと(大意です)をおっしゃっていました。
 その答えは個人的には少し意外で、私は、勝手に大森さん界隈のクリエイターの方たちに対して、「元々、作りたい何かがあって、それが大森さんに触発されて開花している」というイメージを抱いていたんです(勝手に)。
 大森さんが、その人自身の中にある創作意欲が作品として形になるまでの間の、媒介を果たしているイメージというか。
 なので、「大森さんに振り向いて欲しい」という意欲のあり方は、媒介どころか、大森さんこそテーマであり宛先であり根源であるみたいな印象を受けて、そこが少し意外であり、でも、すごく率直で、説得力がありました。
 そのような意味では、月乃さんも、「大森さんと自分は、大森さんとファンという関係性でいたい」みたいなことをおっしゃっていて、そこも、個人的に意外な部分がありました。
 とろろん堂工房さんと月乃さんは、(今回のイベントでは)、それぞれ、どちらかというと「ファン」という立場だから見えるもの、ファンという関係性だからこそ得られるものを見つめようとしている印象がありました。

 

 対して、さいあくななちゃんさんは「大森さんのTシャツのデザインをしてから、仕事も、やりたいことも広がった。私もそういうことをいたい。芸術でみんなを他のところに連れて行きたい」というようなことをおっしゃっていて(大意です……)、どちらかというと、「ファン」よりも「アーティスト」としての立ち位置を強く意識されているように見えました(この言葉がすごく感動的でして、思わず、さいあくななちゃんさんの缶バッチを即購入してしまいました)。

 

「ファンである」ということに関しては、成宮さんが、"私は、「自分がファンであっていいのか」という不安を抱いているけど、今回のイベントで、他のファンの皆さんと一緒に、大森さんのライブ動画を見ている間は、少しその不安が緩和された"みたいなこと(大意です……)をおっしゃっていたのも印象的でした。
 恐らく、大森さんがファン一人ひとりと向き合う音楽を作る方であるがゆえに、「ファンである」ということを話す時は、自分の人生であるとか、思考であるとか、とかく「自分の意識」の在り方にフォーカスが行きがちだと思うんです。けれど、自分の頭の中にある「意識」の在り方が、他のファンと「場」を共有した瞬間に、形を変える。そんなこともある。成宮さんのお話を聞きながら、誰かの「ファン」であるということが、他者と場を共有することや、他者と共鳴する入り口になりうることの意味について考えさせられました。

 

 ……というように、このイベントは「ファン★ミ」の名前にふさわしく、「ファン」をめぐる色々な事象を一度に垣間見ることが出来ました(そして、今回のイベントで私が感じた「ファン」の在り方は、皆さんのファンとしての生き方のごく一部分でしかないと思います)。
 どんなファンの形がいいとかではなくて、同じ「ファン」という言葉で括られる6人の中に、色んな立ち位置、色んな思いの入れ方があって、そういったそれぞれの思いの形が、4時間のイベントで見えてくるというのが、このイベントの最も面白いところだったと思います。

 

 興味深い時間をありがとうございました。

 

 

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 最後に……予約者特典のお土産を頂いたのですが。会場限定だから、あんまり内容には触れない方がいいのでしょうか。おみやげが本編なのではというほどのクオリティで私、率直にびっくりしました。このおみやげだけで全然もとが取れるっていうか、これもらえるんだったら私もうちょっとお金出しますよというか……。

 素敵なものをありがとうございました。

 

 

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