ニワノトリ

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青柳カヲル"THE LAST LIVE"を見た人の手記ブログ(1)

2021年2月8日4:30(PM)

武道館で “THE LAST LIVE”という絵を見ました。
いや、正確にはそのような錯覚に陥りました。
薄暗い武道館に浮かび上がるそのアイドルのステージは2年前に見たあの絵によく似ていました。あまりによく似ていたから、だんだん僕は、今、自分が武道館にいるのか、その絵の中にいるのか、今からそのステージを描こうとする絵描きの脳内にいるのか、よく分からなくなってしまいました。 

THE LAST LIVE

"THE LAST LIVE" (青柳カヲル初個展"Living iDoll"にて筆者撮影)

僕が青柳カヲルの個展 “Living iDoll”を見に行ったのは、2019年3月のことです。その一番奥に飾られていたのが、“THE LAST LIVE”でした。実際に目にしたのは個展に行った一度きりだったのに、それは僕の脳に焼き付いて、時折夢の中に現れるようになりました。年下の先輩に合成革の靴についた傷を笑われた夜、社食で正社員がボーナスの話をしているのを盗み聞きした夜、推しの「匂わせ」のまとめを一通り見た夜、僕は“THE LAST LIVE”の夢を見ました。僕はアイドルのライブが好きだけど、アンコールが終わり、照明がつき、終演のアナウンスが会場を出るよう告げるあの瞬間が嫌いです。でも、“THE LAST LIVE”は絵だから、その前にいる限りライブは終わりませんでした。僕にライブ空間に留まり続けることを許してくれるように見えたから、“THE LAST LIVE”が夢に出てくるようになったのだと思います。

 

2021年2月8日。僕はあるアイドルの武道館ライブを見に行きました。スタンド席から見たそのライブは、斜めに見下ろす視線の角度、スクリーンなしでアイドルの身体を肉眼で見るよう促すステージ、360度の暗闇の中に浮かび上がる観客の影、すべてが僕にあの“THE LAST LIVE”を思い起こさせました。
夢に見た絵がそのまま立ち現れたかのようなライブ空間に身を置いていると、ライブという現実に脳を内側からぐるりと裏返されるような感覚がありました。僕の夢が武道館という現実空間に晒され、生身で武道館のステージで歌い踊る “idol”のリアリティに上書きされて行きます。そのステージは2時間30分で終演し、明るくなった武道館で、僕の耳には新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、分散退場に協力をお願いしますというアナウンスが聞こえました。

 


強く冷たい風が吹き抜ける九段下の駅で、電車を待つ女の子のコートの裾に覗くTシャツの色を眺めながら、僕は今日見たライブが、僕と、僕の夢と、“THE LAST LIVE”の関係にもたらしたものについて考えていました。

その武道館ライブを行ったアイドルは青柳カヲルの「推し」でもありました。僕は、青柳カヲルがよくTwitterで『推しが武道館にいってくれたら死ぬ』について呟いていたことも知っていました。
“Living iDoll”は“架空の絵描きの家”をテーマにした個展でした。そこに飾られていた“THE LAST LIVE”という絵が、青柳カヲルの「推し」であるアイドルの武道館ライブで、僕に僕の夢の終わりを見せたのだとしたら、僕はあの絵と、あの個展について、今一度、振り返り、彼女の絵が僕に見せてきたものを整理すべきなのかもしれません。“架空の絵描きの家”を東京の目黒という「現実の」場所に作り上げたあの個展に、2年を経て僕の脳がようやく追いついたということなのかもしれないからです。