青柳カヲル"THE LAST LIVE"を見た人の手記ブログ(3)
2019年3月19日7:00(PM)
青柳カヲル初個展 “Living iDoll”は2019年3月、東京都目黒区の “rusu”というギャラリーで開催されました。この個展の案内文には次のように書かれていました。
とある絵描きの脳内にのみ存在するアイドル
YouInMe(ゆいみ)ちゃん。
その偶像と共に暮らし現像を実体化させるために絵を描き空間を作る架空の絵描きの家を出現させます。
偶像や虚構も重ねればいつしか本物になり得るのでしょうか。*1
僕が個展に向かったのは2019年3月19日のことです。未だ東京を歩き慣れていない僕は、GoogleMapを見ていたにもかかわらず一度は会場の前を通り過ぎてしまいました。“rusu”は古民家を利用したギャラリーで、日が落ちると案内文が見えなくなるほど小さな玄関が入口になっていました。靴を脱いで会場に上がると、畳敷きの部屋、銀色のシンク。そこはまさしく人が生活する木造の一軒家以外の何物にも見えず、しかし、その壁にはキャンバスに描かれた“ゆいみちゃん”の絵が何枚も飾られていました。
個展3日目オープンしております。本日も12時から20時までおります。よろしくお願いいたします。#青柳カヲル初個展 pic.twitter.com/MZSu1yhO7x
— 青柳カヲル (@kaoru_aoyagi) March 18, 2019
その日は朝から曇り空が続いて少し肌寒く、僕はコートを着込んだまま、あらかじめ “脳内にのみ存在する”と架空を宣言されたアイドルの、“架空の絵描き”の手による絵を一枚ずつ眺めて行きました。その「設定」に沿って見るならば、僕はこの一連の絵をゆいみちゃんを描いた絵として捉えるべきなのでしょうか。それとも絵描きの夢を描いたものとして捉えるべきなのでしょうか。“架空の絵描き”がゆいみちゃんの絵を描き、ディテールを描けば描くほど、ゆいみちゃんというYouが絵描きというIの脳の奥深くに取り込まれ、YouInMeという「偶像」の精度を高めて行っているように見えました。僕は何枚も何枚もゆいみちゃんの像を見ているのに、その絵はゆいみちゃんその人を指し示しえない(のかもしれません)。絵描きがゆいみちゃんをリアルに描こうとするほどに、その絵がゆいみちゃんという実像を指し示すことが不可能になって行く。僕は、実像の希求が終わりのない虚の増殖を生み出して行く様を追体験するような気持ちでその展示を眺めていました。
一晩過ごした結果こちらの絵が生まれたので追加いたしました。#青柳カヲル初個展 pic.twitter.com/OwLu4zKHYn
— 青柳カヲル (@kaoru_aoyagi) March 20, 2019
青柳カヲル自身が、アイドル道重さゆみを愛し、超歌手大森靖子を愛し、描き続ける絵描きであることは、恐らく、個展を訪れる多くの観客の知るところだったと思います。彼女がTwitterに投稿した大森靖子の絵をきっかけに彼女の存在を知った僕も、もちろんそのことを知っていました。
それでは、この展示における “架空の絵描き”とは青柳カヲルその人を指していたのでしょうか? しかし、僕はこの個展で青柳カヲルに会うことはできませんでした。会場に入った僕は青い山羊の仮面を被った “青山羊”に記帳を求められ、その山羊に差し入れを差し出したのです。
個展4日目本日も12:00〜20:00までおりますのでぜひ。今日は私服にしてみました。#今日の青柳#青柳カヲル初個展 pic.twitter.com/7H4yq5SOKe
— 青柳カヲル (@kaoru_aoyagi) March 19, 2019
上記の案内文に掲載された青柳カヲルのバイオグラフィーにはこう書いてありました。
“顔を出さずにネット空間のみでの活動であったため本展が初のリアル空間での展示である”*2。
虚の増殖をリアル空間に展示しようとするこの個展において、きっと彼女は端から「リアル」な青柳カヲルをそこに存在させるつもりなどありませんでした。ネット空間に漂いながらアイドルを描いてきた青柳カヲル「本人」は、リアル空間において観客の前に “青山羊”として現れることで、アイドルという存在が、絵を描くという行為が、そしてそれを見るという行為が避けがたく生んでしまう虚を、実像と出会うことの不可能性を、この家の中に立ち上げ、観客に見せようとしていたのではないかと僕は思っています。
先にも述べたように、“THE LAST LIVE”はこの個展に飾られていた絵でした。僕はその絵を見て、これは、肉体の内側で剥き出しの内臓の中に設置されたステージと、そこに立つゆいみちゃんを描いた絵だと思いました。
そうだとしたら、この絵は「ゆいみちゃんのライブとはゆいみちゃんの肉体そのものである」ということを表しているのでしょうか。
しかし、再三述べたように、その絵はその個展の一番奥に飾られた「絵」だったのです。僕は “架空の絵描き”の脳内を辿るようなその個展の一番奥で、ゆいみちゃんというアイドルのライブに出会いました。それは、ゆいみちゃんというアイドル(偶像)が観客の前に見せるステージを、彼女自身の肉体として描いているように見えました。虚構の奥の奥にある、肉体という虚像。虚像という肉体。どこまでも実像に出会い得ないことが保障されたかのようなその個展の一番奥で、僕はゆいみちゃんのライブ(=「生」)に出会い、その絵のリアルに魅了されました。
*1:青柳カヲルHP「青柳カヲル初個展開催のお知らせ」http://aoyagi.co/news/diary/928
および青柳カヲルのツイート(https://twitter.com/kaoru_aoyagi/status/1107132499887427584)参照
*2:青柳カヲルのツイート(https://twitter.com/kaoru_aoyagi/status/1107132499887427584)参照