ニワノトリ

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「アイドルのミュージカル」と「ミュージカル」の交差点/『LILIUM-リリウム 少女純潔歌劇』の感想1 ※ネタバレ注意※

※これらの感想はすべて、2014/6/8にhttp://n1watooor1.exblog.jp/19878404/ にて公開したものです。一部、加筆、修正しています。
※この記事を書いた時点では、 "TRUMP"未見でした。

 

モーニング娘。’14の選抜メンバー、スマイレージハロプロ研修生が出演するミュージカル、『LILIUM リリウム 少女純潔歌劇』を見て来ました。
私が見たのは、6/7の第一回目の公演です。
一言でこのミュージカルを表すなら、「力作!」だと思います。
メンバーの力演、メンバー全員を活かし切ろうとする脚本……『LILIUM』という作品が爆発させるメンバーのエネルギーに、とにかく圧倒されました。
「アイドルのミュージカル」という枠組の中で、その枠組み自体をブルブルと震わせ、破壊してしまうような、とても意欲的な作品だったと思います。

というわけで、興奮冷めやらぬ中、感想を書いてみます。

長くなったので記事を3つに分けました。
この記事は、「アイドルのミュージカル」とは何かについての独り言です。


感想その2はこちら:物語の内容についての勝手な解釈
感想その3はこちら:それぞれのメンバーについての感想





※ネタバレ注意※


 






■アイドルのミュージカルとして見る『LILIUM-リリウム 少女純潔歌劇』

 

『LILIUM リリウム 少女純潔歌劇』
このミュージカルは、モーニング娘。’14のメンバー7名、スマイレージのメンバー6名、研修生3名の計16名で演じられ、構成されている。
出演者はこの16名のアイドルのみ。

本文の筆者は、ハロオタである。前作、『ステーシーズ 少女再殺歌劇』の評判を受けて、見に行くことを決めたのだが、正直、「アイドルのミュージカルだから見に行った」という側面は否めない。

 

なので、まずは、「アイドルのミュージカル」として見た『LILIUM』について語ってみようと思います。

 


演者は16名「のみ」とはいえ、「16名」とは、2時間の演目に登場する人物として、決して少なくはない。
恐らく、最もミュージカルを見に来ている「ハロオタ」たちを感心させたことの一つは、メンバー全員に見せ場を作り、一つとして無駄な役所を作らなかった、本ミュージカルの巧みなストーリー構成だろう。
もちろん、リリー、スノウ、ファルス、マリーゴールド、といった、物語の中心となる登場人物はいる。しかし、本ミュージカルにおいては、それ以外のメンバーもそれぞれ物語になくてはならない重要な役割を担っており、一人でも欠けたら、ストーリーや雰囲気が変わってしまう。
「登場人物全員に見せ場を作る」。
それは、おそらく、「アイドルのミュージカル」として満たすべき条件の一つだ。
リリー、スノウ、ファルス……といったキーマンを"主要人物"とし、彼女たちを描くことにもっと尺を割いたなら、このミュージカルのストーリーはもっとクリアになり、"永遠に咲く花はない"というテーマをもっと深く掘り下げることができたのではないかと思う。
しかし、このミュージカルはアイドルのミュージカルである。本ミュージカルの性質からして、客層の殆どは、それぞれのメンバーやグループについた「オタ」で あると予想される。また、このミュージカルはそれぞれのメンバーが「成長」するための一つのステップとして位置づけられるものでもある。
ゆえに、それぞれのメンバーにそれなりに出番があり、見せ場があることは、客、そして、「アイドル」の需要を満たすために重要なことだ。
そうした「アイドルのミュージカルとして要求されるもの」を満たした上で、一つの物語としても完成度の高い作品をつくり出した末満監督は「素晴らしい」の一つに尽きると思う。

 

※『LILIUM』がアイドルのミュージカルだから、個々の登場人物を詳しく描いたとは限りません。あくまで、アイドルのミュージカルとして見た場合、こういうことが言える、ということです。
そして、私個人的には、これがアイドルのミュージカルでなかったとしても、キャラクターの描き分けを重視したのは、『LILIUM』という物語の説得力のためにはとても良いことだったのではないかという気がします。


■「アイドルのミュージカル」であることを逆手に取るミュージカル。


ここで私が「アイドルのミュージカル」という時、「アイドルのミュージカル」であることが、『LILIUM』という作品に制限を加え、一つの「ミュージカル」としての完成度を下げている、というような意味で使っているわけではない。
本ミュージカルにおいては、今、まさにアイドルとして活動している思春期の少女たちが、「永遠の思春期」を生きるヴァンプを演じ切る。そして、このミュージカルを通して、現役アイドルたる少女たち自身が殻を破り、成長して行く。
私が思うに、そうした演者たちの「生の」アイドル性こそが、このミュージカルの最大の売りであり、武器だ。
私は普段、あまり……というか、全然、ミュージカルや芝居を見に行かない人間なので、他の作品や演者さんと『LILIUM』を比較することはできないのだが、美人で、かわいくて、歌がうまい、演技がうまい。そんな女優さんは、おそらく、舞台の世界にはたくさんいるだろう。
だが、普段、「アイドル」という「純潔少女」として生きている少女たちが、その身体を使って、「永遠の少女」を演じる。そんな舞台は、他の女優さんが演じるミュージカルでは目撃できない。
だから、この『LILIUM リリウム 少女純潔歌劇』にとって、「アイドルのミュージカル」であるという大前提はなくてはならないものであり、「アイドルのミュージカル」であることが、このミュージカルの完成度を高めているのではないかと思う。

 

※というのも、あくまで、一オタの意見で、彼女たちが「アイドル」であることを前提としていなくても、このミュージカルは十分に完成度が高く、楽しめる内容になっていると思います。ただ、彼女たちが「アイドルである」ということが、そこにさらなるリアリティを加え、ほかのミュージカルにはない価値を付与しているのではないかと思います。


■アイドルの二次創作として見てしまうジレンマ


このミュージカルは、アイドルのライブでは見ることができないような、アイドルたちの「負の」叫びやエネルギーを引き出した秀作であると私は思う。
あまりのレベルの高さに、オタじゃない人にも見せつけたくて仕方がなくなったが、一方で、しかし、このミュージカルをハロオタ以外が見た時に、ハロオタ以外の人がどういう反応をするのか、私にはよく分からない。

というのも、私というハロオタは、どうしても、このミュージカルをモーニング娘。’14スマイレージメンバーの「二次創作」(?)として見てしまう。
もちろん、それがすべてではないとは思うのだけれど、「ああ、この子にこの役やらせるんだー!」という楽しみ方をしている部分は大きい。
このミュージカル、それぞれのメンバーの個性をよく捉え、それに合った巧みな配役がなされているから、なおさら……。
このミュージカルは「ハロオタとして楽しめる部分」と「ハロオタじゃなくても楽しめる部分」が交錯していて、すでにハロオタ属性を持っている私 としては、どこまでが、ハロオタとしての前情報抜きで楽しめる部分で、どこからがそうじゃないのか、よく分からないし、客観的な判定ができない

何が言いたいのかというと、このミュージカル、あまりに出来がよかったので、「ハロオタ」じゃない自分としても見てみたかったなあということ。
ハロオタである以上、一度得てしまったハロオタとしての知識、ハロオタとしての萌え感情は消えない(それこそ、誰かにイニシアチブを取ってもらって記憶を操作してもらわないと……)。
私には、色んな前情報や思い入れ抜きにこのミュージカルを見ることは不可能だ。
しかし、何も知らずに、このミュージカルを見たら、アイドルとしてのミュージカルがどうとか、そういう先入観抜きで、もっと新しい視点で、このミュージカルを楽しめたのかもしれないなあ、と思う。そう思うと、ちょっと悔しい。

 

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